咳をしても一人 日本の音楽も聴かなきゃなと思ったという話 忍者ブログ
孤独な趣味の世界
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 毎年年越しは祖母の家へ行き、家族で過ごすのというのが我が家ではお決まりになっていて、皆でこたつを囲んでなんとなくテレビを見ながら今年はどうだったとか、親戚のあいつはどうしているなんていう毎度変わり映えのしない話を繰り広げるのですが、僕以外は年寄りばかりの空間で「ガキの使い」なんぞ観れるわけもなく、仕方がないので見たくもない紅白を結局毎年見るはめになるのです。そんなこんなで、演歌なんて一年のうち大晦日にしか耳にすることはないんですが、この画像のような小林幸子の馬鹿げた衣装を見るにつけ、それをちょっと楽しんでいる自分を認めつつも、こんなものが「日本の心」であるもんかよとは常々思っていたのでした。

 すると、なんとも丁度いい本が。


 裏表紙の紹介文によると、著者の輪島祐介はポピュラー音楽研究・民族音楽学・大衆文化史を専攻とするらしく、僕はワールドミュージックのことを少し調べていたら彼の「音楽のグローバライゼーションと『ローカル』なエージェンシー」という論文と出会い(コチラで読めます)、その名を知りました。

 演歌と聞けばとにかくなにか日本的なものと想像してしまいますが、著者はそうした前提や、明治時代の自由民権運動の「演説の歌」をルーツに持つというような定説、あるいは支配的な語りをひとまず括弧にくくり、近代日本の大衆音楽史、とりわけ戦後のそれを丁寧に繙いていきます。
 結論から言えば「演歌」という音楽のジャンルは1970年前後に形成された、僕たちが思っているよりもずっと新しいものであることが明らかになりますが、特に興味深かったのが、ややもすれば一見保守的ですらあるように思える「演歌」という言説空間の形成に、反エリート的なアウトロー志向や下層志向といった、「1968年の思想」が関与しているということでした。つまり、ブルースやジャズのような「被抑圧者の音楽」として「演歌」が求められたのです。
 すると当然、大学三年まで学園祭でデザイナーの真似事をしていた僕としては、日本学祭史上に残るこの1968年の東大駒場祭のポスターを思い出さずにはいられませんでした。


「これが1968年の終わり方だった。わたしたちの高校から歩いて十分ほどの東大教養学部では、セクト間のヘゲモニー争いをめぐってこれまでにない緊張関係が続き、学生の自主管理という形で駒場祭が11月になると開催された。わたしは何人かの級友とともに訪れ、割引になっている書物を何冊か買った。駒場祭で話題を呼んでいたのは、東映の任侠映画を真似たポスターだった。活動家の学生たちが生真面目な鍔迫りあいに一喜一憂しているとき、ノンポリを決め込んだ学生たちのなかには、こうしたシニックな自嘲趣味の流れが存在していた。だが任侠映画に熱中していたのは活動家の学生も同様であって、彼らはともに、ホモソーシャルな世界観に強烈な憧れを表明していたのにすぎなかったといえる。」(四方田犬彦『ハイスクール1968』)

 1968年という年号に対し、それを特権化するにせよ距離を置くにせよ、僕はそれを生きたわけでもないし知識もまったく足りていないわけですが、様々な方面でなにかと遭遇するこの「熱い時代」の刻印が、まったく予期もせぬところにおいても顕現してくるのには驚かされます。しかし確かに、そうして見れば当時日本のサブカルの中心地であった新宿から出てきて「夢は夜ひらく」を歌った藤圭子と、たとえば寺山修二を媒介して浅川マキなどを同列に並べてみることも可能かもしれません。

 遠い過去から連綿と継続してきたものとされる「伝統」が、実は近代の産物であったり異種混淆的な出自を持っていたりするというエリック・ホブズボウムなどの「創られた伝統」の視点にこの本が依拠しているのは著者も認めている通りですが、しかしホブズボウムが若いころにジャズについて書いていたとは本書を読むまで知りませんでした。
 また、こうした骨のある理論的枠組みだけでなく、本書には興味深いエピソードや、歌手や作曲家などの詳細な情報が数多く盛り込まれています。一例を挙げると、かつて「流し」の歌手たちは場所を移せばその地のヤクザ屋さんに対して仁義を切らなければなかったが、そうした一種のアウトロー的なイメージを前面に押し出したのが「ギター仁義」で登場した北島三郎であったなどなど。
 しかし惜しむべくは読み手の僕に演歌や歌謡曲、そしてJ-POPの知識が著しく欠如しているために、固有名詞の記述が続くと混乱しがちになってしまうことでした。もちろんその非は著者にはなく、そしてこの記事の冒頭に記したような、僕自身の日本のポップスに対するあまりに無関心な態度を少し改めなければとも思うのでした。その時には、きっとこの本がまた役に立ってくれるはずでしょう。
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