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ジェフ・チェン著 押野素子訳 『ヒップホップ・ジェネレーション』 2007年 リットーミュージック
Common - I Used To Love H.E.R. (日本語字幕付)
"I Used To Love H.E.R."はコンシャスラッパーの代表格コモンが、シカゴに育つ少年の目を通して、ニューヨークのブロンクスで生まれた「彼女」ことヒップホップがアンダーグラウンドな存在から全米、世界中へ拡がっていくも、商業化し金にまみれ迷走していく姿を眺めるという内容のクラシック中のクラシックである。この曲が発表されたのは1994年だが、DJクール・ハークの伝説的なパーティーで「彼女」が産声を上げてから今や38年。ヒップホップを扱った書籍は数多あるだろうが、不惑を目前に控え、もう一度冷静にその歴史を振り返ったのが本書『ヒップホップ・ジェネレーション』である。
クール・ハークの寄せる序文で始まる本書は、LOOP1からLOOP4までの4部構成となっているが、やはり特に面白いのはオールドスクールを扱ったLOOP1、LOOP2だ。ヒップホップ誕生の条件となったジャマイカのサウンドシステム合戦や、土壌を作ったギャングの台頭するブロンクスの状況までが綿密に語られる。そしてアフリカン・バンバータが唱えたヒップホップの4要素、すなわちDJ、ラップ、ブレイキング、グラフィティがどれもバランス良く扱われている。
この70年代後半、ロックの世界ではパンクの旋風が巻き起こっていたわけだ。「1977年にはエルビスもビートルズもローリング・ストーンズもいらない」とクラッシュは歌ったが、ニューヨークの黒人、プエルトリカンのティーンエイジャーたちはギターすらも必要としなかった。パンクもまたムーブメントとして後に残した影響ははかりしれないが、その音楽がシンプルなロックンロールの焼き直しであったことを考えると、音楽面の革新性という点においてはヒップホップには及ばないだろう。しかしまあどちらが凄かったかなんて今から振り返って議論するのは不毛であって、重要なのは当時のニューヨークにおいてこうした新しいエネルギーが渦巻いていたということで、それを想像するのはとてもスリリングなことだ。ちなみに今ぼくはドン・レッツ監督の名作ドキュメンタリー『パンク:アティテュード』を観ながらこれを書いている。
本の話へ戻ろう。シュガーヒル・ギャングの"Rapper's Delight"がヒットしてこの新しいムーブメントが金になるとわかり、ランDMCの登場でヒップホップの幸福な時代は終わる。その後「彼女」は誰にとってもスキャンダラスな存在であり続けた。特に社会的に注目を集め多くの反論、嫌悪を招いたアフロセントリズム、ギャングスタラップについて、それぞれ台風の目となったパブリック・エネミー、アイス・キューブにスポットを当てて語られる。
この時期を通して、ヒップホップは合衆国のみならず世界中に拡大し、多様化した。こうなるとヒップホップにまつわるすべての事象を通史的に語ることはもはや不可能だろう。それを試みるならばヒップホップのエンサイクロペディアとならざるをえないだろうし、その百科事典は絶えず項目を増やし続けることだろう。よって本書においては、この時期以降の事柄については必要最低限のもののみに絞られて扱われるが、どれもかなり効果的で興味深いものばかりだ。特に個人的に面白かったのは「コンシャス」と呼ばれるラッパーたちが抱える葛藤と矛盾、そしてマッチョなヒップホップに対するネオソウルが果たした女性性の主張ということだった。
法律による若者への抑圧、都市部におけるギャングの隆盛、さまざまなレベルでの暴力、多くの問題を提示するが、最後に本はヒップホップ・アクティヴィストへ言及する。上でのコモンのように「昔はよかった」と懐旧し現状を戒めるのではなく、ヒップホップの価値観を幼いころから身につけ、自らの主張を表現する際の手段にもヒップホップを自然に選ぶ「ヒップホップ世代」の登場に可能性を見出し、幕を閉じるのだ。救いのある話だ。
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